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熊本地方裁判所 昭和42年(ワ)253号 判決 1977年2月28日

原告 中田国俊 外六名

被告 熊本県 外一名

主文

一  被告らは連帯して、原告香月清治郎、同南安夫に対し、各金三五万円及び内金三〇万円に対する昭和四一年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金五八万円及び内金五〇万円に対する昭和四一年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは連帯して原告らに対し、各金二四〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四一年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張及び認否

一  請求原因

1  原告らは、いずれも訴外熊本市漁業協同組合(以下「訴外組合」という。)の組合員として訴外組合が有する第五種共同漁業権に基づき漁業を営む権利(以下「行使権」という。)を有し、従来から訴外組合の漁区である別紙図面記載の下江津湖において鯉、鮒、鰻、はえ(追川)等の魚類及びさえび(もえび)を採捕する漁業を営み生計をたててきた。

2  被告らの本件工事

(一) 被告熊本県は、江津湖団地宅地造成事業を起こし、別紙図面記載の上江津湖の土、砂礫等を採取して熊本市画図町江津及び同市出水町溝所在総面積一五万七〇〇〇平方メートルの用地に平均一・三メートルの盛土をするため、昭和四〇年四月から同年一一月中旬までの間、同湖の浚渫工事を施行した(以下「被告県の本件工事」という。)。   (二) 被告熊本市は、江津湖公園整備事業を起こして右上江津湖に公園造成を企画し同湖の約五分の一に相当する部分に同湖の土、砂礫等を採取して盛土をするため、昭和四〇年一一月中旬から昭和四一年三月中旬までの間、右湖の浚渫工事を施行した(以下「被告市の本件工事」という。)

(三) 被告らは、いずれも右工事に際し、砂礫は盛土に使用したが、砂の一部及び土等は湖水と共に下流に流した。

3  被告らの本件工事による被害

(一) 両江津湖は、藻類等の水産植物が生育し、これが魚類及びさえび等の餌並びに産卵の場となつてこれら水産動物も繁殖生育していた。

(二) しかし、被告らの本件工事の結果、上江津湖においては、水深が平均約一・三メートルであつたところ、四、五メートルに、深い所では五メートルを超えることとなつて、太陽光線及び太陽熱が湖底に達しなくなつたため、藻類が生育せず、魚類及びさえびの産卵、繁殖及び生育が全く行なわれなくなつたし、下江津湖においても、その全域に亘り平均約一・二メートルの、多い所で一・八メートルの泥土が堆積したため、藻類が繁殖せず、辛うじて生えた藻類も泥土が付着して殆んど枯死状態になり、魚類及びさえびの産卵、繁殖及び生育が全く不可能となつた。

(三) かように、両江津湖において、漁場として必要な環境が破壊され、水産動植物が繁殖生育しなくなつたことから、原告らは、被告らの本件工事期間中から現在に至るまで下江津湖において全く漁獲を揚げることができなくなつた。

4  被告らの責任

一般に、水産動植物が繁殖生育し、魚類及びさえびを採捕する漁業を営んでいる漁民がいる湖について、浚渫工事を施行するに際しては、その結果、水産動植物の繁殖生育に悪影響を及ぼさないように適切な措置を講じるか或いはそれが不可能な場合にはかかる工事を断念し、そこにおいて漁業を営んでいる者の権利乃至利益に対する侵害を未然に防止すべき注意義務があるところ、被告らの工事担当職員らは、いずれも右注意義務を怠り漫然と前記2の工事を計画・設計・施行した過失により、前記3の如き結果を発生させ、原告らの行使権乃至漁業上の利益を侵害したものである。

よつて、被告らの職員らの右行為は、共同不法行為を構成するものであるから、被告らは、原告らに生じた後記損害を連帯して賠償する義務がある。

5  損害

(一) 慰藉料 各金二〇〇万円

被告らの前記不法行為により原告らの漁場である両江津湖の環境が破壊され、現在に至るも復旧されておらず、且つ将来も漁場として回復することは不可能である。原告らは、いずれも主に下江津湖において漁業を営み、右不法行為以前には、毎年原告中田国俊は四二万円、同田中正信は四三万円、同香月清治郎は三六万円、同江島政雄は四五万円、同山田正夫は三八万円、同八島要は四二万円、同南安夫は三六万円を下らない純利益を得ていたが、被告らの本件工事の結果現在に至るまで何ら漁獲がなく多大の財産的損害を被つているし、将来においても、漁場環境が復旧する可能性もないので、下江津湖における漁業を廃せざるを得なくなつた。昭和四一年四月一日当時、原告中田は四四歳、同田中は四六歳、同香月は六五歳、同江島は六四歳、同山田は五二歳、同八島は四八歳、同南は六〇歳で、健康であつたから、被告らの本件工事がなければ、満七〇歳に達するまで右漁業を営むことができたはずである。さりとて、原告らはそれぞれすでに右のとおりの年齢で、しかも、船及び漁具等に費用をかけて下江津湖において長年にわたり漁業を営んで生計をたててきたものであつたから、他の職種への転業は困難であつて現在に至るも失業状態にあり、その生活は困窮を極めている。

以上のとおり、原告らは、被告らの右不法行為により、財産的損害を受けると共に極めて甚大な精神的打撃を受けたので、これを綜合し、慰藉料として、各金二〇〇万円を請求する。

(二) 弁護士費用 各金四〇万円

原告らは弁護士青木幸男に対し、本訴の提起と追行方を委任し、弁護士費用(手数料及び報酬)として判決による慰藉料認容額の二〇パーセントを支払うことを約した。

しかして、その額は前記(一)の慰藉料額の二〇パーセントである四〇万である。

6  よつて、原告らは被告らに対し、前記損害金として各金二四〇万円及びこのうち弁護士費用を除く二〇〇万円に対する本件不法行為の日の後である昭和四一年四月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告県)

1 請求原因1の事実のうち、原告らが下江津湖において魚類及びさえびを採捕していたことは否認し、その余は認める。

2 同2(一)の事実のうち、盛土面積、平均盛土高及び浚渫期間は否認し、その余は認める。盛土面積は一三万一八〇〇平方メートル、平均盛土高は一・一六メートル、浚渫期間は昭和四〇年三月二一日から同年一〇月一四日までである。

同(二)の事実は不知。

同(三)の事実のうち、砂礫を盛土に使用したことは認めるが、その余は否認する。土砂のごく一部が流下したにすぎない。

3 同3(一)の事実のうち、両江津湖において水産動植物が繁殖生育していることは認めるが、その余は否認する。

同(二)の事実は否認する。上江津湖における被告県の本件工事前の平均水深は〇・五五メートルであり、右工事後のそれは二・六メートルである。また、下江津湖の方へ流下した土砂は約四万五〇〇〇立方メートルであるが、仮に、これが同湖四八万平方メートルに均等に堆積したとしても、その平均堆積高は〇・〇九メートルに過ぎない。しかも、実際には右湖乃至その下流の加勢川に沈殿するのはその一部分であり残余は緑川を経て海に流入したものである。

これを敷延するに、被告県の本件工事による浚渫土量は一九万八〇〇〇立方メートル、盛土量は一五万三〇〇〇立方メートルであるから、流出土量はその差四万五〇〇〇立方メートルとなるところ、これが泥水の形で盛土予定地の排水口から出て、途中土砂と水とに分離しながら流下する。そして、右排水口から上江津橋樋門までの間の水路には、直径三・九ミリメートル以上の土砂が沈殿し、これは全流出土量の二パーセントに相当するし、次いで、上江津橋から江津橋までの間には、直径一・五ミリメートル乃至三・九ミリメートルの土砂が沈殿し、これは全流出土量の四パーセントに相当するが、これに水の流量増による補正係数を勘案すると、約九〇〇立方メートルの土砂が堆積することとなる。更に、下江津湖には、直径〇・六五ミリメートル乃至一・五ミリメートルの土砂が沈殿し、これは全流出土量の八パーセントに相当するが、これに右補正係数を勘案して算出された約二五〇〇立方メートルの土砂と前区間からの流出土量約九〇〇立方メートルの合計約三四〇〇立方メートルの土砂が堆積することとなる。残余の、下江津湖から流下した土砂は、水量の豊富な加勢川の掃流力により沈殿堆積することなく、そのまま流下し緑川を経て有明海に運ばれたのである。

次いで、被告県の本件工事の藻類に対する影響についてみるに、藻類が繁殖するには太陽光線を必要とし、著しい深所ではこれが行なわれないが、両江津湖においては水源が推定毎秒七〇トンの湧水であり、透明度が高いので太陽光線の透入度も高いことから、水深の深い所でも藻類の繁殖が可能であり、また、浚渫による浮泥の堆積により一時的な藻類の減少はあつても、漸次復元し、藻場が喪失するということはあり得ない。

更に、藤場と魚類等の産卵の習性との関係についてみるに、鮒は一般に湖面に浮遊する木の葉又は小枝等に産卵し、深所の藻場での産卵は極めて稀であり、鯉は自然繁殖が期待できないので、稚魚を放流し、草魚も又人工孵化により生産された稚魚を放流しており、鰻は海洋の深所が産卵場であり、はえは湖岸、川の浅瀬において産卵するのであるから、いずれも藻場と産卵繁殖との間には直接の関係がない。

最後に、被告県の本件工事の魚類の棲息条件に対する影響についてみるに、湖沼においては、一般に夏期及び秋期とも水面から一・五メートルまでの層にはえ等の稚魚が棲息し、それ以下七メートルまでの層に鯉、鮒が棲息しているから、上江津湖の水深が浚渫前の平均〇・五五メートルから二・六メートルとなつたことは、鯉、鮒にとつてはむしろ棲息条件が改善されたといえるものである。

同(三)の事実は否認する。漁獲量の減少は被告市が主張するとおり両江津湖の水質の変化に起因するものである。仮にそうでないとしても、被告らの本件工事による漁獲量の減少は一時的且つ軽微なものにすぎない。農林統計による両江津湖の漁獲量は左表のとおりであるが、これによれば昭和四三年度は昭和三八年度に比べて減少しているが、昭和四八年度は昭和四三年度に比べて大幅に増加しており同湖における漁業は殆んど回復しているものである。

表<省略>

即ち、本件工事終了後、両江津湖は改良がなされて水産動植物の棲息条件が改善され、また稚魚の放流等も行なわれて、既に元の漁場に復旧しているのであるから、現在に至るも原告らに漁獲がないとすれば、それは原告らが漁業に従事しなかつたからに外ならない。

4 同4の事実は争う。なお、さえびは訴外組合の漁業権の対象になつていないから、さえび採捕による利益を侵害しても、原告らが有する行使権を侵害する違法な行為となるものではない。

5 同5の事実のうち、昭和四一年四月一日当時原告らの年齢がその主張のとおりであつたことは不知、その余は否認する。被告県の計画した江津湖団地宅地造成については、元来上江津湖を浚渫して行なう必要はなかつたところ、訴外組合及び地元民から昭和二八年の水害によつて堆積した土、砂礫等の浚渫方の要望があつたので、これに応じ浚渫土砂を利用して行なうこととしたのであり、そのような経緯から被告県の本件工事に対し、訴外組合は極めて協力的だつたのである。

(被告市)

1 請求原因1の事実の認否は被告県の認否と同じである。

2 同2(一)の事実のうち、盛土面積、平均盛土高、浚渫期間は不知、その余は認める。

同(二)の事実のうち、盛土面積は否認し、その余は認める。

同(三)の事実のうち砂礫を盛土に使用したことは認めるが、その余は否認する。

3 同3(一)の事実の認否は被告県の認否と同じである。

同(二)の事実は否認する。上江津湖における被告県の本件工事による浚渫土量は一六万〇七〇〇立方メートル、被告市の本件工事によるそれは四万八一〇〇立方メートルであるから、総浚渫土量は二〇万八八〇〇立方メートルであり、このうち一五パーセントが下流へ流出するが、下江津湖の面積は四八万三九〇〇平方メートルであるから、流出土量が全部沈殿堆積したとしても平均〇・〇六四メートルにすぎない。しかも、流出土砂は、その殆んどが微粒子であるから実際にはその大部分は右湖を流過して加勢川下流へ流出し、右湖に堆積した土量は前記より遙かに少量であつたと思われる。しかるに、下江津湖に原告ら主張の堆土があつたとすれば、それは長年に亘る自然の作用例えば昭和二八年及び昭和三二年の水害等に起因するものであり、被告らの本件工事によるものではない。

同(三)の事実は否認する。従来存したひら藻が消失し、すぎ藻等が繁殖し、さえび等の漁獲量が減少していることが窺われるが、これらはいずれも水質の変化に起因するものである。

即ち、昭和三四、五年頃から両江津湖に注ぐ左表の河川の周辺地域において左表のとおり人口が急激に増加したが、その家庭下水(洗剤等の化学薬品、塵介等を含んでいる。)等の殆んどが右各河川を経て同湖に流入したり、又は農薬がその周辺の田畑に散布されたり等したため、右湖の水質に変化を来たし、これが影響しているとみるべきである。なお、仮に上江津湖の水深が原告ら主張どおりになつたとしても、そのような水深は、魚類等の繁殖生育に好影響こそあれ悪影響を及ぼすものではない。

表<省略>

4 同4の事実の認否は被告県の認否と同じである。

5 同5の事実のうち、昭和四一年四月一日当時原告らの年齢がその主張のとおりであつたこと及び原告らの中に生活困窮者がいることは認めるが、その余は争う。両江津湖の浚渫は同湖における漁業者、周辺住民及び熊本市民の長年に亘る願望であつた。即ち、右湖は、被告らの本件工事直前湖水面よりでた土砂の面積が約二万六五四〇平方メートルに及んでいたことから分るように昭和二八年及び同三二年の水害による堆土が著しく荒れるに任されていた。そこで、夙に熊本県市各議会においても美化開発等の観点からその浚渫の件が論ぜられ、また、訴外組合も魚類等の繁殖保護の観点から組合をあげて被告らに両江津湖の浚渫を要望していた。かかる状況下において被告らは右湖の開発に意を用いることとなり、被告市は江津湖公園の設置を、被告県は浚渫土砂の利用による団地造成をそれぞれ計画し、その一環として被告らの本件工事が施行されたものである。

三  抗弁

(被告県)

仮に被告県の本件工事の結果原告らに何らかの損害が発生したとしても、被告県と訴外組合との間に締結された右工事に関する後記損失補償協定により、同組合員である原告らは右損害の賠償を被告県に請求し得ないものである。

即ち、被告県は、昭和四〇年三月一八日訴外組合との間に「<1>訴外組合は、被告県が行なう本件工事に同意する。<2>被告県は本件工事の実施によつて生ずる漁業上の一切の損失についての補償のため補償金二六〇万円を訴外組合に支払う。<3>前項の補償金の受領により、訴外組合は今後漁業補償に関し一切の要求はしない。」旨の協定を締結し、同時に「漁業上の一切の損失についての補償とは、被告県の本件工事による訴外組合の組合員全員の漁業の減収に対する補償(二〇〇万円)及び同工事による魚類の産卵繁殖への影響に対する補償(向う三か年間の稚魚の放流費として合計六〇万円。即ち、昭和四〇年度分三〇万円、昭和四一、四二年度分各一五万円)であり、右二六〇万円の支払によつて訴外組合及び同組合員の一切の損失の補償とし、将来右工事に関し組合員らから漁業補償の要求があつても被告県の支払は一切終了しているので、訴外組合の責任において解決する。」旨の特約を結んだ。

右協定は損害賠償の予定契約の実質を持つもので、仮に原告らを含む組合員に右金額以上の損害が発生しても、右の支払いによつて一切を打切るという内容を持つ契約であつて、一種の損害確定契約である。

ところで、漁業権の管理処分権は漁業協同組合に専属するもので、法令又は定款に別段の定めがない限り漁業協同組合の代表者が単独でこれを行使しうる権限を有するところ、訴外組合の定款は、四〇条一〇号において「漁業権又はこれに関する物権の設定、得喪又は変更」は総会の議決を経なければならないと規定しているだけで、その他法令定款に何らの定めもない。従つて、訴外組合の漁業権に関する管理処分行為ではあるが、右規定に該当しない前記協定の締結は、訴外組合の組合長が総会の議決を経ずになすことができ、かようにして締結された同協定は適法にして有効であるから、訴外組合の組合員である原告らに対し当然にその効力が及ぶものである。

しかして、被告県は右協定に基づき昭和四〇年四月八日訴外組合に対し、前記補償金二六〇万円を支払い、その後これは原告ら組合員に還元されている。

(被告市)

1 仮に、被告らの本件工事の結果原告らに何らかの損害が発生したとしても、被告らと訴外組合との間に締結された右工事に関する後記損失補償協定により原告らは右損害の賠償を被告市に請求し得ないものである。

即ち、被告らは昭和四〇年三月一八日訴外組合との間に、<1>訴外組合は、被告らの本件工事に同意する<2>その代償として、訴外組合は被告らから右工事による漁業上の一切の損失補償金として二六〇万円(被告らの平分負担)の提供を受け、そのほか一切の請求をしない、旨の協定を締結し、右二六〇万円のうち二〇〇万円は右工事期間中における訴外組合の組合員の減収に対する補償に、残余の六〇万円は稚魚の放流費に充てるものとされたが、これにより訴外組合は被告らの本件工事による訴外組合及び同組合員の漁業上の損失に関しては、一切の要求を行わないことを確約した。

ところで、両江津湖は昭和四〇年当時昭和二八年及び同三二年の大水害により堆土が著しく荒れていたことから、同湖につき第五種共同漁業権を有する訴外組合は、漁場の管理行為として右湖を浚渫すべき義務があつた。しかしながら、訴外組合は、両江津湖が河川として熊本県知事の管理下にあること等から、同湖の浚渫を自らの力ではなしえなかつたので、被告らに行政の一環として浚渫工事を実施することを要望し、これによつて魚類の繁殖保護及び漁場の管理を図るという目的を達しようとしたものである。かような経緯によつて、被告らと訴外組合との間においてなされた前記協定の締結は、訴外組合が有する漁業権の管理権の範囲内の行為であり、しかも、これは訴外組合の定款四〇条一〇号所定の「漁業権の変更」に該当しないから、訴外組合の組合長が総会の議決を経ずに行なうことができるものである。そして、共同漁業権は漁業協同組合に帰属し、組合員は、当該漁業権の範囲内において組合が制定する漁業権行使規則に従つて行使権を有するにすぎないから、組合が漁業権者としてなす内水面の管理行為には従わざるを得ず、この点からその有する行使権に対する制約も免れ得ない。かようにして、前記協定は、訴外組合の組合員である原告らに対してもその効力が及ぶものである。

2 仮に右協定が当然には原告らに効力が及ばないとしても、被告らは右協定に基づき昭和四〇年四月八日訴外組合に対し前記補償金二六〇万円を支払つたが、原告らは、被告らの本件工事終了後訴外組合から各自の出資に振込む方法で右補償金の分配を受けてそのことに異議がないのであるから、右協定を追認し、被告らに対する損害賠償請求権を放棄したものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、訴外組合に対し補償金二六〇万円が支払われたことは不知、その余は争う。

前記協定は、工期三か月、上江津湖の浚渫後の平均水深一メートル、余水は上澄みだけを流すという被告県の本件工事に関するものであり、また、これに伴い魚類の繁殖場である上江津湖の魚類が何がしか減少することが考えられるので、その増殖費用を補償するというものであり、右補償は右内容の工事(適法行為)に関する「損失」の補償である。かように、右協定は魚類の増殖維持に関するものであるが故に、訴外組合の組合長が締結したものである。

仮に、右協定が訴外組合の組合員の行使権乃至漁業上の利益の違法な侵害に対する損害賠償に関する契約であるとすれば、漁業協同組合は、漁業権の管理行為をなしうるにすぎず、漁場破壊乃至漁獲減少による漁業権及び行使権等の侵害行為に関する契約を締結することはできないので、訴外組合の組合長が、右協定を締結するには、各組合員から個別に委任を受ける必要があるところ、独断でそれを締結したものであるから、それは原告らに効力を及ぼし得ない無効のものである。

また、被告市は右協定の当事者ではないから、それを原告らに対し、主張しえないものである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告らの組合員としての地位、権利

1  原告らが訴外組合の組合員として同組合が保有する第五種共同漁業権に基づき行使権を有していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、第四号証の二乃至四、第九号証、原本及び成立に争いのない乙第一五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証、証人田中哲郎、同香月シゲ子、同北口政義の各証言及び原告中田国俊、同江島政雄、同山田正夫、同八島要、同南安夫各本人の供述(各第一、二回)を綜合すると、訴外組合は昭和四〇年三、四月当時約一六〇名の正組合員から成り、組合員は、各自出資一口(一〇〇〇円)の払込み義務を負うものであるが、後記漁場において現に漁業を行なうには、漁業種類に応じて年間五〇〇円乃至一〇〇〇円の行使料(賦課金)を訴外組合に対し支払う必要があつたこと、訴外組合が当時保有していた第五種共同漁業権は、「<1>免許番号 内共第四号<2>免許年月日 昭和三九年一月一日<3>存続期間 昭和三九年一月一日から昭和四八年一二月三一日まで<4>漁獲物の種類 鯉、鮒、鰻、草魚、はえ<5>漁業時期 一月一日から一二月三一日まで<6>漁場の位置 熊本市出水町から同市画図町下牟田までの地先<7>漁場の区域 甲(別紙図面の甲を指す。以下乙乃至戊、イ乃至へも同様である。)、イと乙、ロの二直線及び両河岸によつて囲まれた区域(江津湖)。天明新川においては、丙、ハと戊、ホの二直線及び両河岸によつて囲まれた区域(支流)。牟田川においては、丁、ニと乙、への二直線及び両河岸によつて囲まれた区域(支流)。」であるが、右漁場区域のうち、江津橋までの上江津湖においては釣りに限定され、その余の区域においては各種の漁法が許されていたこと、原告らは、被告らの本件工事以前から長年に亘り、主に下江津湖において船及び網、籠等の漁具を用いて、うち原告中田は鯉、鮒、はえ、さえび等(主に鮒とさえび)を、同田中は鯉、鮒、鰻、蟹等(主に鯉)を、同香月は鮒、はえ、さえび等(主にさえび)を、同江島ははえ、鰻、蟹等(主にはえ)を、同山田は鮒、はえ、鰻、蟹等を、同八島は鮒、鰻、はえ等(主に鮒)を、同南は鮒、鰻、はえ、蟹等(主に鮒)を採捕して販売する漁業を営んで生計をたてていたが、原告南は半農半漁であり、その余の原告らは専業漁家であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで、訴外組合の組合員である原告らが保有している行使権の性質について検討する。

漁業権は、行政庁の免許により一定の水面において排他的に一定の漁業を営むことができる権利で、その目的たる利益は水産動植物の採捕又は養殖という経済的利益であるが、物権と看做され(漁業法二三条)、それが漁業協同組合または漁業協同組合連合会に帰属する場合には、その組合員たる漁民は右漁業権の範囲内において、組合または組合連合会の定める漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利(行使権)を有するものとされている(同法八条一項)。したがつて、漁業権自体は、組合員たる個個の漁民に帰属するものではないが、組合員が有する行使権は、漁業権による収益の実現の面に着目した権利として、法律上漁業権に準ずる保護が与えられるべきであるといわなければならない。このことは、漁業権を侵害した者に対し罰則を定めるのみでなく、組合員の行使権を侵害した場合でも処罰される(同法一四三条)ことからも理解されることである。

そうであるとすれば、漁業協同組合の組合員が保有する行使権は、物権的性格を有する財産権として、漁業権に基づき、単にその内容をなす漁業方法の行使に限らず、その操業によつて得られる水産動植物の取得についても、その権利の内容をなしていると解され、その直接ないし間接の侵害に対してこれの排除及びこれによつて被つた損害賠償の請求をもなしうるものと解すべきである。

しかして、原告らは、訴外組合の組合員として、被告らの本件工事当時、右行使権を行使して漁業を営み利益を得ていたのであるから、その違法な侵害行為に対しては損害賠償を請求することができるといわなければならない。

二  被告らの本件工事

1  被告県が、江津湖団地宅地造成事業を起こし、上江津湖の土、砂礫等を利用して熊本市画図町江津及び同市出水町長溝所在の同団地用地に盛土をするため、同湖の浚渫工事を施行したこと(被告県の本件工事)は当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第一号証、第五号証その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一三号証、証人川越登志喜の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、第七、第八号証、証人伊藤幸輝の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人川越登志喜(但し、後記措信しない部分を除く。)、同伊藤幸輝(但し、後記措信しない部分を除く。)、同百武春夫(第一回)、同宮本静馬、同北口政義の各証言及び原告中田国俊本人の供述(第一、二回)を綜合すると、被告県の計画によれば、江津湖団地宅地造成事業は、総事業費約三億円で、熊本市画図町江津及び同市出水町長溝所在の土地一五万七〇〇〇平方メートルを宅地に造成すると共に、道路、上下水道等を完備した上、公営住宅及び建売住宅等の建設をすることを目的とするもので、被告県の本件工事はその事業の一環として右土地に平均一・三メートルの盛土(盛土量約二〇万立方メートル)をして宅地を造成するため、上江津橋から上流の上江津湖の殆んど三分の二の区域に亘り、昭和二八年の水害等により堆積した土、砂礫等を平均水深二・五メートル(最高水深で三メートル)まで浚渫するものであつたところ、被告県の担当職員が作成した設計書及び工事仕様書等に基づき訴外株式会社臨海土木工業所により昭和四〇年三月三一日に開始され、ほぼ計画どおり盛土がなされて同年一〇月一四日終了したのであるが、浚渫土量は盛土量の約二割乃至五割増加するのが通例であること、右工事はポンプ浚渫船によつて上江津湖の土、砂礫等を浚渫吸引し、それを湖水と共に送砂管を用いて約一キロメートル離れた盛土予定地に流送する方法によつて行なわれ、その際、右泥水は先ず五ブロツクに分けられた盛土予定地の、上江津湖に一番近いブロツクに排出され、その盛土が終了すると、更に同湖から離れたブロツクの順に送られ、順次盛土がなされたものであること、右各ブロツクは周囲に筵を張つた土堤を築き余水吐を設置したものであり、送砂管によつて送られてきた泥水のうち、土、砂礫等はブロツク内に沈殿し、余水は、次のブロツクを経て又は直接に、余水吐から排水路に流出し、更に、その大部分は上江津湖に流入し次いで下江津湖及びその下流に流下し、その余は牟田川に流入したこと、右余水吐は土、砂礫等が沈殿した後の上澄みをブロツク外の排水路へ流出させる装置であり、被告県の本件工事において余水が余水吐以外からブロツク外へ流出したことはなかつたが、右余水吐を通過した水はなお土等で混濁しており、その程度は、ブロツク間では後のブロツクになる程、また、一のブロツクでは盛土が進行するにつれて濃くなつていつたことが認められ、証人川越登志喜の証言中盛土量が一五万三〇〇〇立方メートルで浚渫土量が一九万八〇〇〇立方メートルであつたとの部分及び同伊藤幸輝の証言中盛土予定地の面積が約一三万平方メートルであり浚渫土量が約一九万立方メートルであつたとの部分は、前掲甲第一号証及び第一三号証に照らし措信しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  被告市が江津湖公園整備事業の一環として上江津湖の土、砂礫等を利用して同湖の一部に盛土をするため右湖の浚渫工事を施行したこと(被告市の本件工事)は原告らと被告市との間では争いがなく、原告らと被告県との間では前掲甲第五号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一四号証及び証人伊藤幸輝の証言によつて認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないところ、前掲甲第五号証、乙第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第七号証の一、証人北口政義、同伊藤幸輝の各証言及び原告中田国俊本人の供述(第一、二回。但し、後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、被告市は昭和三四年都市計画公園第三〇号江津湖公園整備事業を起こし、以来両江津湖を整備してきたところ、昭和四〇年上江津湖に三つの島を築くと共に同湖岸沿いに約一〇〇〇メートルの遊歩道を設置することを計画し、これに要する土約四万八〇〇〇立方メートルを被告県の本件工事後に残つた右湖の堆土に求めて同湖を浚渫することとし、同年一〇月一日熊本県知事に対し河川工事承認申請をなし、同年一一月二日承認されたこと、被告市の本件工事は、被告県と同様株式会社臨海土木工業所の手により同年一〇月一六日開始され、被告県の本件工事により浚渫されなかつた部分のほか一部それと重複する部分についても浚渫がなされ、盛土予定地約二万三〇〇〇平方メートルに計画どおり盛土をした結果被告県の本件工事と合わせば上江津湖のほぼ全域を浚渫したこととなり、昭和四一年三月三一日終了したが、浚渫土量は盛土量の約二割乃至五割増加するのが通例であること、右工事も、ポンプ浚渫船によつて土、砂礫等を浚渫吸引し、それを湖水と共に送砂管を用いて盛土予定地に流送する方法によつて行なわれ、その際、各盛土予定地にはその範囲にそれぞれ堤を築き余水吐を設置したが、送砂管によつて送られてきた泥水のうち、土、砂礫等は沈殿し、余水は余水吐から直接上江津湖に流入し、次いで下江津湖及びその下流へ流下して行つたこと、右余水吐は被告県の本件工事に際し設置されたものと同じ構造のものであつて、余水吐を通過した水は同様に土等で混濁していたのみならず、遊歩道のための盛土の際には余水吐以外の場所から漏水があつたことが認められ、原告中田国俊本人の供述(第一回)中被告市の本件工事が昭和四〇年一一月半ばから開始されたとの部分は前掲甲第五号証及び証人伊藤幸輝の証言に照らし措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  被告らの本件工事による影響(両江津湖の変化・漁場の悪化・漁獲の減少・原告らの被害)

1  前掲乙第一〇号証、第一三号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一乃至三、原告中田国俊本人の供述(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証、乙第一一、第一二号証、原告中田国俊本人の供述(第一回)により昭和四一年五月二六日当時の上江津湖の写真であることが認められる甲第一一号証の一、二、昭和四二年九月二六日当時の上江津湖の写真であることが認められる甲第一二号証、昭和四三年一二月一六日当時の下江津湖の写真であることが認められる甲第一三号証の一乃至四、証人秋吉久雄、同百武春夫(第一、二回)、同宮本静馬、同内田一利、同田中哲郎、同香月シゲ子、同北口政義、同川越登志喜(但し、後記措信しない部分を除く。)、同浜田寿重、同丸山武(但し、後記措信しない部分を除く。)の各証言及び原告中田国俊、同江島政雄、同山田正夫、同八島要、同南安夫各本人の供述(各第一、二回)並びに検証の結果を綜合すると、次の事実が認められる。

(一)  上江津橋より上流の上江津湖においては、前記認定のとおり被告らの本件工事による合計盛土量は約二四万八〇〇〇立方メートルであつたが、浚渫土量は盛土量の約二割乃至五割増加するのが通例であるため、上江津湖の浚渫区域においてはその水深が右工事前には深い所で約二メートル、平均水深一メートル内外に過ぎなかつたのが、工事後では深い所が約五メートルで平均三メートルにも及ぶ状態となつたこと

(二)  上江津橋と江津橋の間(上江津湖の一部)においては、被告らの本件工事後泥土により水深が全体的に浅くなつただけでなく、相当の範囲に洲ができ、その後その上に草が生え、また藻類は右工事前ひら藻が大部分であつたが、昭和四〇年八、九月頃泥土に覆われて腐り始め、その後殆んど消失し、代つてすぎ藻が繁殖していること

(三)  下江津湖においては、被告らの本件工事期間中及びその終了後数か月間は、湖水に土等が浮遊して混濁しており、或いは沈殿しても湖底に凝固しなかつたので、漁業をするため湖水に入ることは著しく困難であり、水深は右工事後泥土により全体的に浅くなり、約一〇乃至一五メートル幅の水の流れ筋を除き泥土が堆積して洲ができた所もあり、また、藻類は右工事前大部分がひら藻であり、浮草の一種である台湾なぎは一部湖岸沿いに生育していたにすぎなかつたところ、昭和四〇年八、九月頃からひら藻に泥土が付着し或いはそれが泥土に覆われて腐り始めその後殆んど消失し、代つてすぎ藻が繁殖し、台湾なぎは、湖底が全体的に上昇して生育の適地が増加したこと及び浅地で流されることが少なくなつたことなどから、昭和四二、三年頃には湖面の広い範囲に亘つて繁殖したこと

(四)  被告県の本件工事の余水が流入する牟田川においても、昭和四〇年七月頃その周辺の農家から稲が腐食するので泥水を流すことを止めて欲しいとの申出があつて、同川への排水が一時停止されたほか、同年八、九月頃にはその上流部分が泥土により埋まつたことから、その部分を浚渫したことがあつたこと

(五)  被告市は昭和四三年頃別紙図面記載の水辺動物園建設のため上江津橋から下江津湖にかけて浚渫工事を施行したほか、台湾なぎの除去作業を何回か行なつて大部分を取り除き、また、昭和四五年頃には下江津湖の下流の浚渫工事も実施して漁場としての環境を整備し、一方、訴外組合は内水面漁業協同組合の義務に基づき被告らの本件工事後も従来同様毎年両江津湖に一〇万匹位ずつの鯉、鮒、草魚等の稚魚を放流していること

(六)  上江津湖はいわば魚類等の繁殖の場であつたが、浚渫船のポンプによつて土、砂礫だけでなく魚類その他の水産動植物が吸引され、また、下江津湖は漁民の操業の場であつたが、土等が浮遊し或いは沈殿堆積する等して、いずれも被告らの本件工事前に比べて前記認定のとおり漁場が変化乃至悪化したため、昭和四〇年五月頃から鯉、鮒、鰻、はえ等の魚類、さえび及びその他の水産動物の漁獲量が減少し始め、同年七月頃からは殆んど漁獲がなくなつたが、さえびは昭和四一、二年頃から少しずつ採れ始め(尤も、その後も右工事前の漁獲量に及ばなかつた。)、また魚類その他の水産動物も昭和四三年頃から徐々に漁獲量が増加してきた(九州農政局統計情報部水産統計課作成に係る両江津湖の漁獲量<遊漁者の漁獲量も含む。>の統計によれば、昭和四三年の魚類の漁獲量が二〇〇二キログラムであるのに対し、昭和三八年のそれは八万三五〇〇キログラムであるから、前者は後者の約四〇分の一であるが、昭和四八年の魚類の漁獲量は六万二三〇〇キログラムであつて、昭和四三年のそれに比べ約三〇倍である。尤も、さえびは昭和四三年の漁獲量が一万四七八〇キログラムであるのに対し、昭和四八年のそれは一六〇〇キログラムであつて、被告らの本件工事から期間も経過し漁場の整備も行なわれて一旦は漁獲量が回復してきたのに拘らず、また減少傾向を示し、後者は前者の約九分の一である。)こと

(七)  かくして、訴外組合の組合員の中には転業する者も数人現れたが、原告中田は、被告らの本件工事期間中さえびを採捕するため訴外組合の漁場以外に出かけたり、その後下江津湖においてさえびが採れ始めてからは現在までそれを採捕する漁業を営んでいるが、昭和四一年五月頃から生活保護を受けているし、同田中は魚類を採捕するため訴外組合の漁場以外に出かけたものの昭和四一年の一時期生活保護を受けざるを得なかつたし、その後下江津湖において鯉、鮒等の魚類を採捕していたが昭和四四年病気になり、同香月は、訴外組合の漁場以外に漁に出かけたが、昭和四〇年か同四一年の一時期生活保護を受けるに至り、同江島は、日雇仕事に就労するほかさえびを採捕していたが、現在は特に注文があるときだけはえ、鮒子等を採捕しており、同山田は、一時日雇仕事に就いたこともあつたが、昭和四四、五年頃から現在まで緑川漁業協同組合の組合員となつて緑川においてさえびを採捕して十分な収入をあげており、同八島は、日雇仕事に就労したが、昭和四〇年の一時期生活保護を受け、その後昭和四一、二年頃から現在まで下江津湖においてさえびを採捕したり、旦雇仕事をしたりしており、同南は、一時日雇仕事に就いたこともあつたが、昭和四二、三年頃から昭和四六、七年頃まで天明新川に鮒を採りに行き、現在は下江津湖の下流の加勢川において蟹を採捕しているが、いずれも下江津湖における漁獲高は、被告らの本件工事前に比べて非常に少ないものであつたこと

(八)  なお、原告中田らは、訴外組合の組合長北口政義に対し、被告らの本件工事による泥土等のため操業が著しく困難になつたとして、被告らとの間で右工事の停止又は漁業被害に対する補償の交渉を行なうよう求め、また、直接被告らに対しても、昭和四〇年九月末頃から昭和四一年六月過ぎ頃にかけて一〇数回に亘り右工事の停止、右補償又は就職の斡旋等を求めて陳情や交渉を繰り返したが、これに対し、被告らは、謝罪はしたものの、後記損失補償協定による補償金のほかに再度補償することはできないとの回答をなしたこと

その間、北口組会長も被告県に対し、昭和四〇年九月と同年一〇月に下江津湖に泥土が流入し漁獲量が激減したとしてその対策を求める陳情書を提出し、その後被告らと右対策に関し協議を重ね、また、被告らは昭和四一年三月三日現地調査を実施したり、被告県はその後漁業被害額の一応の推計をなしたこと

以上の事実が認められ、証人伊藤幸輝の証言中被告らの本件工事によつて下江津湖に泥土が沈殿堆積したことはないし、右工事について何人からも苦情を持ち込まれ、或いは注意を受けたことはないとする部分、同川越登志喜の証言中被告県の本件工事は上江津湖の魚類の繁殖に影響を及ぼすものではないとする部分、同今村寛司の証言中被告らの本件工事によつて下江津湖に泥土が沈殿堆積したことはないとの部分、同丸山武の証言中被告らの本件工事前釣りによる漁獲が少なかつたが、右工事後魚類が増え釣れだしたとの部分は、いずれも前掲各証拠に照らし措信しえず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  前記認定事実によると、被告県の本件工事及びこれに引き続いて施行された被告市の本件工事により、上江津橋より上流の上江津湖においては、約一年間広い区域に亘つて湖底が浚渫されたことから、水深が深くなると共に藻類の種類も変り、また同橋の下流及び下江津湖においては、土等が大量に流下した(浚渫土量数から盛土量を控除した数量が流下量に等しいとは断言できない。浚渫時に湖底が攪拌されることによつて、吸引されなかつた土等も流下することが充分考えられる。)ことから、それが沈殿堆積し、藻類の種類が変り台湾なぎが大量に繁殖したりする等、いずれも漁場環境が非常に変化乃至悪化し、その結果被告らの本件工事期間中及びその後一年間位両江津湖における漁獲量が殆んどなく、その後数年間も、人為的又は自然に漁場環境が改善され徐々に漁獲量も増加してきたとはいえ、右工事前に比較して漁獲量が減少しているのであるから、被告らの本件各工事と原告らの被害との間には相当因果関係を認めることができ、原告らは、被告らの本件各工事により右工事期間中及びその数年間多かれ少なかれ下江津湖における行使権乃至漁業上の利益を侵害されたものといわなければならない。

ところで、被告らは、農薬又は都市下水の流入による水質の変化が漁場環境の変化及び漁獲減少の原因であると反論する。なるほど、成立に争いのない乙第六号証、丙第一三号証の一乃至四、第一四号証の一乃至三、第一七号証の一、二、原告江島政雄、同山田正夫、同八島要、同南安夫各本人の供述(いずれも第二回)によると、昭和三四、五年頃から帯山、尾ノ上及び健軍の各校区において年毎に住宅が増加し、その家庭下水等が藻器堀、庄口川若しくは健軍川を経て、又は両江津湖周辺の工場の廃水等が直接に、同湖に流入していること、尤も、右都市下水による汚染は徐々に進行しており、しかも昭和四五、六年においてそれ以前に比較すれば汚染度は強いものの一応良好な水質を保つていること、一方、昭和四五、六年頃から両江津湖に奇形魚が見られることがあり、新聞にその事実及び家庭下水等の都市下水の流入が原因であると報道されるや、魚類は採捕しても買手が殆んどいなくなり、昭和四七、八年頃には別紙図面記載の天明新川産の魚類も公害の影響で臭いがあるといわれたこと、原告らの中には、農薬又は都市下水等の流入による汚染も又、漁獲減少の原因と考えている者もあることが認められ、確かに、農薬又は都市下水等の流入等が漁場環境や漁獲に何らかの影響を及ぼしたであろうことは否定できないけれども、その影響は徐々に与えられるものと解され、前記認定の被告らの本件工事期間中及びその後の急激な漁場環境の変化乃至悪化及び漁獲量の減少の事実に照らせば、右漁獲量の減少の主たる原因は、被告らの本件各工事であると認めざるを得ない。

尤も、前記認定のとおり、魚類にあつては、奇形魚問題等の影響で昭和四五、六年頃から買手が殆んどつかなくなり、また魚類の魚獲量が著しい増加傾向を示しているにも拘らず、さえびにあつては、昭和四三年から昭和四八年にかけて著しい減少傾向を示しているので、これらによる漁獲高の減少は被告らの本件工事に起因するものとは解し難い。

四  被告らの責任

1  被告らの本件工事担当職員が、両江津湖は訴外組合の漁場であつて藻類が繁殖し、鯉、鮒、鰻、はえ等の魚類、さえび及びその他の水産動物が産卵繁殖生育しており、しかも、同組合員が主に下江津湖においてそれら水産動物を採捕する漁業を営んでいたことを知悉していたことは、弁論の全趣旨によつて認められるので、右担当職員らが本件各工事を施行するに際しては、その結果漁場環境及び水産動植物に悪影響を及ぼさないような措置を講じるか或いはそれが不可能な場合にはかかる工事を断念し、訴外組合の組合員が有する行使権乃至漁業上の利益に対する侵害を未然に防止すべき注意義務があるところ、被告県の担当職員は泥水の濾過装置として十分な機能を果たし得ない余水吐を設置しただけでその外に何ら適切な措置を講じないままポンプ浚渫船によつて上江津湖を浚渫するという本件工事を施行し、被告市の担当職員もその直後同様にして本件工事を施行し、順次上江津湖の広い範囲を相当深く掘下げ、大量に泥水を下江津湖に流入させた過失により両江津湖の漁場環境の悪化延いては漁獲の減少を招来して訴外組合の組合員である原告らの前記権利乃至利益を侵害したのであるから、被告らの担当職員らの右行為は違法であつて共同不法行為を構成するものである。

しかして、右職員らはいずれも被告らの被用者であつて、右各行為は被告らのための各事業を執行するについてなした不法行為であるから、被告らは、民法七一五条、七一九条に基づき、原告らが被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

2  ところで、被告らは、さえびは訴外組合が保有する内共第四号第五種共同漁業権の対象魚ではないから、さえび採捕による利益に対する侵害行為は違法ではないと主張する。

成程、被告らの本件工事当時さえびが右漁業権の対象となつていなかつたことは前記認定事実から認められ、漁業権は一定の漁業を営む権利即ち行政庁によつて定められた漁業種類(漁具、漁法及び漁獲物の種類)、漁場の位置及び区域並びに漁業時期等の範囲で水産動植物の採捕又は養殖を排他的になしうる権利であつて、組合員は共同漁業権等の漁業権の範囲内において行使権を有するにすぎないものではあるけれども、第五種共同漁業権の内容をなす漁業については(当該漁業権及び同行使権を侵害しない限り<漁業法一四三条>)、漁業権に基づかなくともこれを営んでもさしつかえない(同法九条の反対解釈)のであるから、何人も当該第五種共同漁業権の漁場においてその対象外の魚種を採捕する漁業を適法に営むことができるところ、前記認定事実に成立に争いのない甲第一五号証の一、証人香月シゲ子、同北口政義、同尾藤信昭の各証言及び原告中田国俊本人の供述(第一、二回)を綜合すると、さえびは昭和三八年一二月三一日まで訴外組合の漁業権の対象魚であつて同組合員らは(原告中田は昭和二九年頃から、同香月は昭和三一年頃から)それを採捕していたところ、昭和三九年一月一日その対象から除外されたが、それは単にさえびが人工増殖に適さないので法律上増殖義務がある訴外組合の漁業権の対象に親しまないという理由によるものであつて、その後も訴外組合はさえびの採捕を許可する鑑札を発行し、組合員はそれを得て採捕していたこと及び訴外組合の組合員は従来からさえびの外、同組合の漁業権の対象となつていない魚類についても採捕してきており、これを禁止されることはなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、違法性の有無は被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係から判断するのが相当と解するところ、原告らがさえびその他内共第四号第五種共同漁業権の対象外の水産動物を採捕することによつて受けていた漁業上の利益は、右漁業権及び同行使権によつて直接保護されるものではないけれども、右行使権に関連して長年に亘り適法に享受してきた利益であり、これに被告らの本件工事による右利益侵害の期間、程度、態様等を併せ考えると、原告らの右利益は法律上保護するに価する利益ということができ、これに対する侵害もまた違法といわねばならない。

五  被告らの抗弁について

1  被告らは、原告らに何らかの損害が発生したとしても、損失補償協定の締結により、原告らはその賠償を請求できないと主張するので、その点につき判断する。

前掲乙第一三号証、丙第一〇号証、原本の存在及び成立に争いのない丙第一八号証、証人北口政義の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証、証人百武春夫(第一、二回)、同北口政義、同伊藤幸輝、同今村寛司の各証言及び原告中田国俊本人の供述(第一、二回)を綜合すると、昭和四〇年三月一八日被告県は被告市立会の下に訴外組合との間において、「江津湖団地の建設に伴う上江津湖の浚渫についての漁業補償に関し」とする前文の下に、「<1>訴外組合は被告県が行う、……浚渫工事(本件工事)に同意する。<2>前項の浚渫工事とはポンプ船による土、砂礫等の採取をいい、その工事期間は江津湖団地造成の盛土工事終了までとする。<3>被告県は当該事業の実施によつて生ずる漁業上の一切の損失について補償するため、訴外組合に対し、補償金として金二六〇万円を……支払うものとする。右補償金の受領により訴外組合は今後この漁業補償に関し一切の要求を行なわないものとする。<4>被告県は本協定締結後直ちに浚渫工事に着手することができ、訴外組合は被告県が実施する当該事業に全面的に協力し、その事業遂行を阻害する一切の行為を行なわないものとする。」旨の協定を締結し、同時に、右協定に関し、「<1>協定書前文にいう漁業補償とは、漁業上の一切の損失にあてるための魚族増殖補償とする。<2>訴外組合は被告県に対し、前項以外の補償については今後一切要求しないものとする。<3>被告県が行なう浚渫工事に関し訴外組合の組合員及び同組合員以外の遊漁者、自由漁業者等から被告県に対し漁業補償の要求があつた場合は訴外組合の責任において解決する。」旨の覚書を交換したこと、被告県と訴外組合との間では、工期は協定上は被告県の本件工事終了時までとするが、内々には三ケ月間であり、遅くとも四ケ月で完全に終了すること及び余水は土砂が沈殿した後の上澄みを流すことを前提とするが、右工事により魚類等がポンプに吸い込まれたり或いは工事時期が魚類等の繁殖期に当ることなどから、魚類等の水産動物及び組合員の漁業に多少の被害を及ぼすことが考えられるので、被告県が訴外組合に対し、同工事期間中の組合員の減収に対する補償金として二〇〇万円及び三か年に亘る稚魚の放流費として六〇万円(昭和四〇年度三〇万円、昭和四一、四二年度各一五万円相当を放流する。)合計二六〇万円を支払うことを条件として訴外組合が被告県の本件工事に同意することとしたのが当初の話合いの内容であつたこと、しかし、前記協定及び覚書締結の際、訴外組合は右二〇〇万円を組合員の減収に対する補償とすると課税されること及び浚渫予定地の上江津湖は釣り以外の漁法を許さない禁漁区であること等から、魚族増殖補償という文言を挿入することを希望し、それが覚書に挿入されたこと、従つて、訴外組合の代表者として右協定の締結にあつた北口組合長は、その締結後組合員に対し右二六〇万円は魚族増殖補償費であつて組合員に配分できないものであると説明したことが認められる。

被告市は、被告市も又前記協定及び覚書の当事者であり、被告市の本件工事による漁業上の被害も補償の対象になつていたと主張し、前掲丙第一八号証並びに原本の存在及び成立に争いのない丙第一九号証によれば、被告ら間において、右協定により被告県の支払うべき補償金の半額を被告市が被告県に対して負担することとし、当時その給付がなされたことが認められるけれども、このこと自体は被告ら間の契約事項に過ぎず、当然に原告らに何らかの効力を及ぼすものでないことはいうまでもないし、ほかに右主張事実を証するに足る証拠はない。

しかして、以上認定事実からすると、右協定により、昭和四〇年三月一八日被告県と訴外組合との間に、訴外組合は被告県の本件工事に同意し、その代償として、被告県は訴外組合に対し、右工事(但し、工期は約四か月、泥水は流さない条件)による漁業上の一切の被害即ち漁場の使用、魚類等の減少及び組合員の減収等に対する補償金を支払う旨の合意が成立したものであり、右合意は、訴外組合及び同組合員において、右工事にうる訴外組合の漁業権、同組合員の行使権乃至漁業上の利益に対する侵害を承諾し、右補償金の支払いを受けることによつて、それを損失補償とすると共に、右侵害による損害賠償請求権を放棄することを内容とするものであると解することができる。

ところで、原告らは、組合員の行使権に関する行為は個々の組合員の委任がない限りなしえないと主張するが、漁業協同組合の組合員が保有する行使権は組合が保有する共同漁業権等の漁業権に基盤を置く権利であるし、「漁業権又はこれに関する物権の設定、得喪又は変更」並びに「行使規則の設定、変更又は廃止」は、前者は間接的に後者は直接的に組合員の行使権に効果を及ぼすものであるが、組合の総会の特別決議事項とされていて(水産業協同組合法五〇条、前掲乙第一号証による訴外組合の定款四四条)組合員の個別的同意を要しないから、訴外組合は個々の組合員の委任がなくても同組合員の行使権に効果を及ぼす行為をなすことができる場合があると解すべきであつて、これと見解を異とする原告らの前記主張には左袒し難い。

そして、前掲乙第一号証によれば、訴外組合の定款は、四四条において「四 漁業権又はこれに関する物権の設定、得喪又は変更」及び「五 行使規則の制定、変更又は廃止」については、正組合員の二分の一以上が出席し、その議決権の三分の二以上による議決(いわゆる特別決議)を必要とすると規定していることが認められるが、これらが総会における特別決議事項とされているのは、「漁業権の喪失又は変更」は当該漁業権自体若しくはその存続期間、漁場区域等に変動を生ぜしめ、その結果当然に行使権にも変動を生じさせ、また、「行使規則の変更又は廃止」は当該行使規則によつて定められた行使権を有する者の資格や当該漁業を営む場合の期間、区域等に変動を生ぜしめるものであつて、いずれも組合の有する漁業権に係る重大事項であると共に現に漁業を営む組合員にとつて行使権の変動を招来する重大事項であるからであると解すべきところ、前記協定は、形式的には定款四四条四、五号に該当しないものと見られるけれども訴外組合の内共第四号第五種共同漁業権及び同組合員の行使権乃至漁業上の利益に対する侵害を是認し、延いては右漁業権及び現に漁業を営む期間、区域等が制限される結果を招来し、場合によつては事実上行使権の消滅に等しい結果を招くかも知れないことをも是認することを内容とするもので、これは右各号に定めるところと実質的には同様の効果をもたらす事項に関するものであるから、前記合意を内容とする協定を締結するには、定款四四条四、五号に規定する事項に準じ、同条の規定に従つた特別決議を必要とすると解するのが相当である。なお、さえびの採捕による漁業上の利益の侵害に関する事項については、前記漁業権の対象外であるから、訴外組合と被告県との合意の効力が当然に原告らに及ぶものではないことはいうまでもない。

よつて、これと見解を異とし右協定の締結は訴外組合の組合長の専決事項であるとする被告らの主張は採用することができない。

しかして、漁業協同組合の理事は定款の規定及び総会の決議に従つて組合を代表する権限を有する(水産業協同組合法四五条、民法五三条)のであるから、これに違反する理事の行為は組合に対する効果が生じないものであるところ、被告らは、右協定につき総会において右決議がなされたことの主張をしない。

従つて、前記協定の効力は、訴外組合に及ばず、延いては同組合員である原告らにも及ばないものである。

結局、被告市は右協定の当事者ではないし、被告県については右のとおりその締結の過程に瑕疵があるのであるから、いずれも原告らに対しその効力を主張することができず、被告らの前記抗弁は理由がない(なお、前記認定のとおり、被告県の本件工事は、工期及び工事方法において前記協定の前提条件に違反してなされ、しかも被告市との共同不法行為により当初想定したより多大の被害が発生したのであるから、その観点からしても、被告県が同協定を主張して当然に損害賠償義務を免れることはできない筋合である。)。

2  被告市は、原告らは被告らの本件工事終了後異議なく前記協定の補償金の分配を受けて同協定を追認し損害賠償請求権を放棄したと主張するが、同被告が右協定の当事者であることは認められず、右協定の効力を受けるものでもないことはさきに説示したとおりであるから、右主張は、右追認の事実につき判断するまでもなく、失当である。

六  原告らの損害

1  慰藉料

原告らが、被告らの本件工事以前主に下江津湖において漁業を営み相当の収入を得て生計をたてていたところ、同工事により数年間同湖における漁業収入が皆無乃至減少したことは前記認定事実から推認されるが、右工事前の年間純収入については証人田中哲郎、同香月シゲ子の各証言及び原告中田国俊、同江島政雄、同山田正夫、同八島要、同南安夫各本人の供述(各第一、二回)はいずれも確証とはいい難く、他に右事実を明らかにする証拠はないし、原告らが右工事期間中及びその後も日雇仕事に従事したり他の漁場に出かけて収入を得ていたこと、右工事後暫らくして下江津湖においても漁獲高があつたことは前記認定のとおりであるが、その数額については必ずしも明らかではないし、また右工事により原告らの労働能力を喪失乃至減少した訳でもないのであるから、原告らが、被告らの本件工事により得べかりし利益を喪失したことは認められるものの、その数額は明確でない。

ところで、原告南が半農半漁であり、その余の原告らが専業漁家であつたこと及び原告香月が主として行使権の対象外であるさえびを採捕していたことは前記認定のとおりであるところ、証人田中哲郎、同香月シゲ子の各証言及び原告中田国俊、同江島政雄、同山田正夫、同八島要、同南安夫各本人の供述(各第一、二回)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、昭和四一年四月一日当時原告中田が四四歳、同田中が四六歳、同香月が六五歳、同江島が六四歳、同山田が五二歳、同八島が四八歳、同南が六〇歳であつた(これは原告らと被告市との間では争いがない。)が、いずれも船及び漁具に相当の費用をかけて主に下江津湖において原告中田、同江島、同八島が約二〇年、同香月、同山田が約一〇年、同南が約五年漁業を営んできており、転業することは勿論他の漁場で操業して下江津湖と同程度の収入を挙げることは困難であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

一方、被告らの本件工事による盛土が昭和二八年の水害等により上江津湖に堆積した土、砂礫等を利用して行なつたものであることは前記認定のとおりであるが、成立に争いのない丙第八乃至第一二号証及び証人北口政義、同今村寛司の各証言を綜合すると、両江津湖が右水害等の影響により荒廃していたことから、被告らの本件工事以前より被告市は江津湖公園整備事業に着手していたが、熊本市議会がその浚渫及び整備の促進の要望をしたり、訴外組合の北口組合長も魚類の繁殖保護の見地から右湖の浚渫を要望していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実に前記認定の被告らの本件工事の態様、期間、程度、目的、結果状況および原告らの本件工事前後における稼働状況・年令等その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、被告らの本件工事による原告らの精神的損害に対する慰藉料(算定困難な財産的損害も含む。)額は、原告南、同香月につき各金三〇万円、その余の原告らにつき各金五〇万円とするのが相当である。

2  弁護士費用

原告らが本訴の提起及び追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、成立に争いのない甲第二〇号証によれば、その手数料及び報酬として判決認容額の二〇パーセントを支払う旨約したことが認められるが、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等に鑑み、本件不法行為と相当因果関係にある分は、原告南、同香月につき各金五万円、その余の原告らにつき各金八万円とするのが相当である。

七  結論

以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し原告香月、同南が右損害金三五万円及び内金三〇万円に対する不法行為の日の後である昭和四一年四月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、並びに、その余の原告らが右損害金五八万円及び内金五〇万円に対する右同日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦 玉城征駟郎 山口博)

(別紙)図面<省略>

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